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[Vol.24]なぜ脳は反応できるのでしょうか

熱いものに触れた瞬間、思わず手を引く。
名前を呼ばれて、振り返る。
懐かしい音楽を聴いて、遠い記憶がよみがえる。

私たちは、外から入ってきた情報を受け取り、それに応じて考えたり、感じたり、身体を動かしたりしています。こうした反応はあまりにも自然に起こるため、普段、その仕組みを意識することはありません。

しかし、脳の中では、その一瞬の反応を生み出すために、無数の神経細胞が新幹線を超える「時速400キロ」もの猛スピードで情報を伝えています。
では、わずか1000分の1秒という一瞬の世界で、神経細胞はどのように「会話」をしているのでしょうか。

今回は、脳の中で交わされている、目には見えない超高速の会話をたどってみましょう。まずは、神経細胞同士がどのようにつながっているのか、その意外な仕組みから見ていきます。

反応する一瞬の裏側で、神経細胞は情報を受け渡しています

今号の読者からのご質問は

神経細胞は、電線のように直接つながっているのでしょうか?
いいえ。多くの神経細胞は、直接つながっているわけではありません。

情報を送る神経細胞と、受け取る神経細胞との間には、ごく小さな隙間があります。それでも情報が途切れないのは、送り手が「神経伝達物質」という化学的な合図を放出し、受け手が細胞膜にある受容体でその合図を受け取っているからです。

この情報の受け渡しが行われる場所を「シナプス」といいます。
私たちが見たり、聞いたり、感じたり、身体を動かしたりできる背景では、無数のシナプスを通して、神経細胞同士の小さな“会話”が繰り返されています。脳の反応は、この目には見えない会話の積み重ねによって生まれているのです。

今回は、神経細胞の間で情報がどのように受け渡され、私たちの「反応」へとつながっていくのか、その仕組みに目を向けます。

「なぜ脳は反応できるのでしょうか?」

神経細胞同士が情報を伝え合う「シナプス」の仕組みを中心に、神経伝達物質による情報の受け渡しや、そこで細胞膜が果たしている役割、さらにDHAがどのように関わっているのかを、矢澤一良博士に教えていただきます。

プロフィール

矢澤先生お写真

農学博士 矢澤 一良 先生
(Kazunaga Yazawa)

早稲田大学 ナノ・ライフ創新研究機構 規範科学総合研究所ヘルスフード科学部門 部門長

1972年 京都大学・工学部・工業化学科 卒業
1973年 (株)ヤクルト本社・中央研究所入社、微生物生態研究室勤務
1986年 (財)相模中央化学研究所入所(主席研究員)
1989年 東京大学より農学博士号を授与される
2002年 東京水産大学大学院(現東京海洋大学大学院) 水産学研究科 ヘルスフード科学(中島董一郎)寄附講座(客員教授)
2012年 東京海洋大学 特定事業「食の安全と機能(ヘルスフード科学)に関する研究」プロジェクト(特任教授)
2014年 早稲田大学ナノ理工学研究機構 規範科学総合研究所ヘルスフード科学部門(研究院教授)
2019年より現職
ライフワークは、「食による予防医学」、「オール世代フレイル対策」など。

なぜ脳は反応できるのでしょうか?

神経細胞は、一本の線ではありません

脳の中には、非常に多くの神経細胞があります。神経細胞には、ほかの細胞から情報を受け取る部分と、受け取った情報を次の細胞へ伝える長い突起があります。
一つの神経細胞だけで、私たちの感覚や思考が生まれるわけではありません。たくさんの神経細胞が情報を受け渡し、複雑なネットワークをつくることで、「見る」「聞く」「感じる」「考える」「覚える」といった働きが生まれます。

ここで、少し不思議なことがあります。多くの神経細胞は、電線のように端から端まで直接つながっているわけではありません。
神経細胞から伸びる突起は、別の神経細胞のすぐ近くまで達しています。それでも、送り手の細胞膜と受け手の細胞膜の間には、わずかな空間が残されています。見た目には一本の回路のようでも、実際には、細胞膜と細胞膜が向かい合う場所をいくつも経ながら、情報が受け渡されているのです。

しかも、一つの神経細胞が一つの相手だけと情報を交わしているわけではありません。枝分かれした突起を通じて、多くの神経細胞から合図を受け取り、別の多くの神経細胞へ合図を送ります。こうした結びつきが幾重にも重なることで、脳の中には大きな情報ネットワークが形づくられています。

神経細胞は直接つながっていない

図を見ると、情報を送る側と受け取る側の間に、小さな隙間があることが分かります。この隙間が「シナプス間隙」です。離れているのに、なぜ情報を伝えることができるのでしょうか。その答えが、今回の中心となる「シナプス」です。

シナプスは、神経細胞同士の“会話の場”

神経細胞と神経細胞が情報を受け渡す場所を、シナプスといいます。シナプスでは、情報を送る側の神経細胞と、受け取る側の神経細胞が向かい合っています。しかし、その間は完全にはつながっていません。そこには「シナプス間隙」と呼ばれる、非常に小さな隙間があります。情報は、この隙間を越えなければ次の神経細胞へ届きません。

この小さな隙間があるからこそ、情報はそのまま流れ込むのではなく、いったん受け渡しの段階を通ります。送り手が合図を放出し、受け手がそれを受け取る。シナプスは、単なる切れ目ではなく、情報の伝わり方を調整できる場所でもあるのです。

シナプスで大切なのは、合図が届くことだけではありません。どの神経伝達物質が、どの受容体に結びつくかによって、受け手に生じる変化も異なります。受容体はいわば、届いた合図を見分けるための受け口です。合う相手を選んで受け止める仕組みがあるからこそ、さまざまな情報を区別しながら伝えることができます。

そこで使われるのが、神経伝達物質です。神経伝達物質とは、神経細胞から次の神経細胞へ情報を伝えるために放出される化学物質です。よく知られているものには、アセチルコリン、ドーパミン、セロトニン、グルタミン酸、GABAなどがあります。

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ただし、一つひとつの神経伝達物質が、単純に一つの感情や行動だけを担当しているわけではありません。それぞれが脳のさまざまな場所で、複数の働きに関わりながら情報伝達を支えています。
放出された神経伝達物質は、いつまでも隙間に残り続けるわけではありません。送り手の神経細胞などに回収されたり、酵素によって分解されたり、周囲へ広がったりして、その働きは調整されます。情報を伝えることだけでなく、合図を適切に終わらせることも、次の情報を正しく受け渡すために欠かせません。

シナプスとは

神経細胞同士は、人のように言葉を交わすわけではありません。神経伝達物質という化学物質を使って、合図を送り合っています。シナプスは、いわば神経細胞同士の「会話の場」なのです。

情報は「電気」から「化学」へ姿を変える
神経細胞と神経細胞の間は直接つながっておらず、小さな隙間があるということですが、情報はどのようにして、この隙間を越えていくのでしょうか。
神経細胞の中では、情報は電気の合図として進みます。

しかし、その電気の合図が隙間をそのまま飛び越えるわけではありません。神経細胞の先端まで届くと、「神経伝達物質」という化学的な合図に姿を変えます。
神経伝達物質は小さな隙間を越え、次の神経細胞の細胞膜にある受容体へ届けられます。そして、それを受け取った神経細胞では、再び電気の合図が生まれます。
その流れを、図でたどってみましょう。

神経細胞から次の神経細胞へ情報はどのように伝わる?

このように、情報は同じ姿のまま進み続けているわけではありません。
神経細胞の中では電気の合図として進み、神経細胞と神経細胞の間では、神経伝達物質という化学的な合図へ姿を変えます。そして次の神経細胞に受け取られると、再び電気の合図となって先へ進んでいきます。
私たちが何かに気づき、考え、反応している間にも、この小さな情報のリレーが、脳の中で数えきれないほど繰り返されています。

情報伝達のリレー

電気信号 ➡ 神経伝達物質という化学的な合図 ➡ 再び電気的な変化

情報は、ただ伝わるだけではありません
神経伝達物質が次の神経細胞へ届くと、同じ反応が起こるのですか。
必ず同じ反応が起こるわけではありません。

神経細胞へ送られる情報には、次の反応を起こしやすくするものと、反応を抑える方向に働くものがあります。いわば、脳の中には「進め」という合図と、「少し待て」という合図の両方があるのです。

一つの神経細胞には、さまざまな神経細胞から数多くの情報が入ってきます。受け取る側の神経細胞は、それらをまとめ、次の信号を送るかどうかを決めます。

一つの合図だけで直ちに次の反応が決まるとは限りません。反応を起こしやすくする合図と、抑える方向の合図が、いつ、どこから、どの程度届いたか。それらが細胞膜を介して重なり合い、一定の条件に達したとき、次の電気的な信号が生まれます。脳の反応は、多くの情報を受け取ったうえでの“総合判断”ともいえるのです。

受け取った一つひとつの合図は、次の神経細胞の細胞膜に小さな電気的変化を生みます。反応を起こしやすくする合図と、抑える方向の合図が細胞の中で重なり、全体として一定の条件に達すると、次の電気信号が送り出されます。このように、シナプスで受け取った化学的な合図は、次の細胞の中を進む電気的な信号へとつなぎ直されます。

熱いものから手を引くような素早い反応も、人の表情を見て言葉を選ぶような複雑な判断も、神経細胞のネットワークによって支えられています。脳の反応とは、単純な一方向の命令ではありません。多くの神経細胞が情報を送り、受け取り、選び、調整した結果として生まれるものなのです。

情報を送る場所も、受け取る場所も「細胞膜」

ここで、情報伝達が行われている「場所」に注目してみましょう。

神経伝達物質を送り出すのは、情報を送る側の神経細胞の細胞膜です。そして、その神経伝達物質を受け取る受容体があるのも、次の神経細胞の細胞膜です。

つまり、情報を送り出す場所も、受け取る場所も、どちらも細胞膜なのです。
細胞膜は、単に神経細胞を包んでいる袋ではありません。細胞の内側と外側を分けながら、外から届いた合図を受け取り、次の反応へとつなげています。

神経細胞を守る「外側」であると同時に、神経細胞同士の情報が行き交う「最前線」でもあるのです。
受容体をはじめ、情報伝達に関わるさまざまな仕組みは、細胞膜の中に組み込まれています。脳の情報伝達を考えるうえで、細胞膜は切り離すことのできない場所なのです。

情報を送る場所も、受け取る場所も細胞膜

DHAは、どのように情報伝達に関わっているのか
DHAは神経伝達物質のような情報を運んでいるのですか。
DHAは「考えなさい」「動きなさい」というような情報を送るわけではありません。
 

ここで大切なのは、DHAそのものが、神経伝達物質のように情報を運んでいるわけではないということです。DHAは、神経伝達物質ではありません。

神経伝達物質は、神経細胞から次の神経細胞へ合図を届けます。一方、DHAはそのような合図ではありません。「考える」「感じる」「動く」といった情報を、DHAが直接運んでいるわけではないのです。

では、DHAはどこに存在しているのでしょうか。

前回ご説明したように、DHAは脳に多く、神経細胞を包む細胞膜の中に存在しています。より正確には、細胞膜をつくっているリン脂質を構成する脂肪酸の一つとして組み込まれています。

ただし、すべてのリン脂質にDHAが含まれているわけではありません。また、DHAが細胞膜の表面や外側に付着しているわけでもありません。DHAは、リン脂質の脂肪酸部分を構成する一つとして、細胞膜の中に位置しています。

細胞膜中のリン脂質

細胞膜中のリン脂質の図

DHAは細胞のどこにいるのか

DHAは細胞膜を作る材料のひとつです。リン脂質の二本足のいずれか一方にDHAが使われることで、細胞膜の性質に大きく関わっています。

神経細胞膜には、情報を受け取る「受容体」や、電気の合図に関わる小さな通り道など、情報伝達に必要なさまざまな仕組みが組み込まれています。

情報を送る側では、神経伝達物質の入った小さな袋が細胞膜とつながり、中の神経伝達物質を外へ送り出します。
情報を受け取る側では、細胞膜にある受容体が、届けられた神経伝達物質を受け止めます。

このように、神経伝達物質を送り出すときも、受け取るときも、その舞台となっているのは細胞膜です。そしてDHAは、その細胞膜をつくるリン脂質の脂肪酸部分に存在しています。

もちろん、DHAだけで情報伝達の速さや、脳の反応が決まるわけではありません。ここでお伝えしたいのは、DHAが情報を運ぶ「合図」なのではなく、情報の受け渡しが行われる細胞膜を構成する側にある、ということです。

例えるなら、神経伝達物質が、神経細胞から次の神経細胞へ届けられる「言葉」だとすれば、細胞膜は、その言葉を送り出し、受け止める「会話の場」です。
DHAは、会話の中で交わされる言葉ではありません。しかし、その会話の場となる細胞膜を構成する脂肪酸の一つです。

脳の情報伝達を考えるとき、目に見えない合図だけでなく、その合図を送り出し、受け止めている細胞膜にも目を向けることが大切です。DHAと情報伝達の関係は、このように捉えると分かりやすくなります。

シナプスをつくる細胞膜とDHA

DHAは、情報そのものではありません。神経細胞同士が情報を受け渡すシナプスでは、情報を送る側と受け取る側の細胞膜にDHAが多く存在しています。DHAは情報を運ぶのではなく、その受け渡しの舞台となる細胞膜をつくる成分の一つなのです。

脳の「反応」は、細胞膜を越えて生まれている

私たちが何かを見て、聞いて、感じるたびに、神経細胞の間では情報が受け渡されています。神経細胞の中では電気的な信号として進み、シナプスでは神経伝達物質という化学的な合図に変わり、次の神経細胞の細胞膜にある受容体へ届きます。そして、受け取った細胞が、再び次の反応をつくります。

脳は、ただ電気信号を流す装置ではありません。電気的な変化と化学的な合図を組み合わせ、細胞膜を介して情報を受け渡す、非常に精密なネットワークです。

私たちが今、この文章を読み、意味を受け取り、何かを感じている間にも、脳の中では無数の情報が行き交っています。脳が反応できるのは、神経細胞が一つずつ独立して働いているからではありません。細胞と細胞が情報を送り合い、それを受け取る仕組みがあるからです。

そして、その情報の受け渡しが行われる重要な場所の一つが神経細胞膜です。その膜には、DHAがリン脂質を構成する脂肪酸の一つとして存在しています。

今回のまとめ
  • 多くの神経細胞は、互いに直接つながっているわけではありません。
  • 神経細胞の情報を「渡す側の細胞」と「受け取る側の細胞」のつなぎ目を、シナプスといいます。
  • 神経細胞の中では、情報は主に電気的な信号として進みます。
  • シナプスでは、神経伝達物質という化学的な合図に姿を変えて、次の細胞へ伝わります。
  • 神経伝達物質を放出する場所も、受け取る場所も、細胞膜と深く関係しています。
  • DHAは神経伝達物質ではなく、脳の神経細胞膜でリン脂質を構成する脂肪酸の一つです。

脳の中では、神経細胞が電気と化学物質を使い分けながら、絶え間なく会話を続けています。
私たちの「反応」は、その目に見えない会話から生まれているのです。

次号予告:なぜ人によって反応が違うのでしょうか

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